寮議論で現れがちな論者KUMANaverまとめ
—カレーライスとハヤシライスのお話編—
まえがき
新入生⋅ 在学生の皆さん, こんにちは! ブヤコフ=マクシモヴィッチです. この熊野寮入寮パンフレットを手に取って私の文章を読んでくれている時点で読者の皆さんに好感が持てます. 皆さんの入寮を心待ちにしています!
さて, 今回私が取り上げた話題は, ずばり「議論」. 熊野寮は400人もの学生が住む巨大な組織ですが, 「自治寮」である以上, 意思決定のために日常的に議論を行います. 議論への参加は寮生の義務かつ権利であり, 多くの寮生が徹底して議論を行う様は直接民主制に非常に近いものがあります.
皆さんは議論をすることについてどのような印象をお持ちでしょうか?議論についてどのようなリアリティを持っておられるでしょうか?そもそも, 議論をしたことがおありでしょうか?
私は長年熊野寮に住んできた身として, 様々な議論に参加し, 様々な議論の成り行きを観察してきました. 以下のお話とまとめは, これまでに私が様々な議論を観察してきた結果得た知見⋅ 経験則を基に, 4割の真面目さと6割のおふざけで書いたものです. 以下の文章は, お話し, 論者の分類まとめ, あとがき, 注(読者にとってあまりなじみのないと思われる用語の解説) の順で構成されています1. お話しには後ろのまとめに分類されているすべてのタイプの論者が登場します. お話しの途中に書いてあるカッコ内の記述がまとめの分類に対応しています. 合わせてお楽しみください.
—熊野寮内のとある議論の記録
注) 以下の話は架空の話です. 実在するいかなる組織⋅ 団体⋅ 人物に一切の関係がない...わけがないですが, 誰かを貶める意図はありません.
20XX年M月N日(金)午後9時, 熊野寮食堂で「昼の寮食2のメニューに出されるカレーライスとハヤシライスの頻度⋅ 比率の決定」という議論が行われようとしていた.
この日は年2回の寮生大会の日である. 寮生大会は熊野寮の最高意思決定機関であるので, 寮の重要な方針の決定もしばしば行われる. しかし, 今回の寮生大会で出された議題は上記の凡庸極まりない議題ただ一つであった.
寮生大会に参加する寮生は誰もが, 重い議題がないことに安堵していた. 重い議題の議論は心身ともに多大なエネルギーを消費することになる. 今回はそれがないのだ!
食堂には弛緩した空気が漂っている. 多くの寮生は友人とだべりながら, 食堂で大会の開始を待っていた. まさか数時間後には議場は阿鼻叫喚を極め, 夜明けになっても議論終了のめどがたたないことになるとは寮生の誰も知る由がなかった...
- 議長:
寮生の皆さん, こんばんは! 寮生大会開始の時間となりました. 定足数に達したことが確認されたので, 予定通り議事を開始します. では, まず提起者から議案の説明を.
- 提起者 (第三章α 型「言い出しっぺ」):
はい. 今回私が提案いたしましたのは, “昼の寮食のメニューに出されるカレーライスとハヤシライスの頻度⋅ 比率の決定”という議論であります. 現状, 昼の寮食では週一回の頻度でカレーライスまたはハヤシライスをメニューとする, ということになっております. しかし, 現在のこのやり方は誰によって, どのような議論を経て定められたのか判然とせず, カレーライスとハヤシライスの提供比率も特に定められていません. 我々が皆大好きなカレーライスやハヤシライスは驚くべきことに非常にいい加減に扱われているのです. 私は自治寮の食堂のメニューである以上, 自治の主体たる我々がより良いメニューをより良い提供頻度で決める権利があると考えます! 私はカレーライスとハヤシライスをごっちゃにして, テキトーに提供している現状にガマンならず, 今回この議案を提起するに至りました. 一応議論の順序としては
カレーライスとハヤシライスの合計提供頻度は現在の週一で良いのか?
カレーライスとハヤシライスの提供比率を以下の3つの選択肢から多数決で決定する.
- 一.
1 : 0
- 二.
1 : 1
- 三.
0 : 1
の2段階を想定しています.
- 議長:
分かりました. では議場から意見を募ろうと思います. Aさんどうぞ.
- A (第三章ϵ 型「定義厨」):
確認ですが, ここで言うカレーライスとは何を指すのでしょうか?カレーライスと言いましてもたんぱく源としてチキンとかビーフとか色々ありますよ?スパイス風のカレーとルーから作るカレーとでも全然違いますし.... それ次第で個々人の好き嫌いも別れるでしょうし, 宗教上の問題⋅ アレルギーなど議論すべき事柄が質的に変わってしまいます. 提起者にそのあたりをもっと判然と説明してもらいたく思います!
- 提起者:
はい.... 言っておられることは分かりましたが, まず, 私の問題意識はこれらのメニューが提供される頻度の決定プロセスの不透明さにあります. カレーライスの種類ごとに発生する問題点は特に考えていませんでしたし, 私はコメントできませんね.
- A:
しかし, カレーライスの指す内容がもっと具体化しないと少なくとも私には議論の評価のしようがないですし, 困ります! “我々がより良いメニューを決める権利がある”って言ってた割にはメニューの具体的想定が甘すぎますよ! !
- B:
でもAサン, カレーが何を指すのか話をしてもいくらでも細かくなるしキリないやん. 各々が想定する常識的カレーでええんちゃうの?
- C (第三章ϵ′ 型「訂正厨」):
Bへ. さっきカレーカレーって言ってたけどカレーライスの間違いだ! 厨房にナンでも作らせる気か?あと, 常識的カレーって何だよ?非常識なカレーでもあんの??
- ガヤ:
クスクス
- B:
分かった分かった. “カレー”じゃなくて“カレーライス”でした, スンマセン. あと, 確かに“常識的カレー”って言い方は変やったかもしれんけど, とりあえずルーから作るカレーが日本で一番一般的やろうし (第二章a型「会津人」), 今までの寮食もそうやったやん, って言いたかったんや.
- C:
だから“カレーライス”!
- A:
いやいやいやBみたいな発言は不正確極まりない...
—議場紛糾
- D (第三章δ 型「メタ論者」):
議長に提案です. カレーライスの分類がどうしても気になる, という人がいる以上は議論の方法を考え直す必要がありそうですね. まず, どのようなカレーライスが厨房施設で調理可能で一食260円で提供できるか, ということを明らかにする必要があると思います. そして次に, カレーライスをメニューに入れるとして, どういう比率でそれぞれのカレーライスを分配するか, という議論をしましょう. また, 今までハヤシライスの方はその多様性についてあまり意見がありませんでしたが, こっちもカレーライスの場合同様, 分類⋅ 提供可能性⋅ 分配比率の議論を行いましょう. そして, 最後に提起者さんが用意した1を議論し, そして2の一.から三.を選ぶ採決をしましょう.
- 議長:
ほう. もうちょっと分かりやすく説明してくれますか?
- D:
はい. 例を挙げて説明しますね. 例えば, 提供可能なカレーライスがチキンカレーライスとポークカレーライスだとします. そしてチキンカレーライスとポークカレーライスの提供比率を1:2に決定したとします. また, ハヤシライスは提供可能なものが一種類しかないとします. そこまで決めて提起者さんの用意した議論を行います. まず, 1つ目の議論で両メニューの合計提供頻度は週一でよいと確認されたとしましょう. 次に2つ目の採決の結果二が選ばれたとしたらチキンカレーライス⋅ ポークカレーライス⋅ ハヤシライスの提供比は1:2:3になり, これら3つの合計提供頻度は週一となります.
- E (第二章b型「法家」):
提供可能かどうかを決める際には食品衛生法的な観点が必要となりますね. 熊野寮食堂は法的な意味で「営業施設」に当たっておりまして, 保健所の認可を受けているわけですよ. つまり, 例えば, 寮食堂で食中毒が起きてしまうとその保健所からの認可が取り消され, 食堂閉鎖に追い込まれる虞があります. 新たにメニューを作るのであれば, 栄養士さんと相談して万が一にも食中毒を起こさないようなメニューが望ましいですね.
(ガヤの本音: だっる)
- E (第三章γ 型「プロバイダー」):
すみません, いいですか?そもそも提起者の採決項目が一.1:0二.1:1三.0:1の三択である合理性ってあるんでしょうか?もし, Dさんの挙げた例のように複数のカレーライスの提供比が1:1以外でも良いのであれば, カレーライスとハヤシライスの提供比もこの三択以外のもあって良いハズ. 提起者に一.から三.の選択肢に絞った理由を説明してもらいたく思います.
- 提起者:
はぁ.... 一.から三.にした理由は単純にカレーライスのみか, カレーライスとハヤシライスを両方提供するか, ハヤシライスのみか, くらいのレベルの議論を想定していたからです. 私の立場としては我々自身が両メニューの頻度を決める, ということにこそ意味がありますので.
- E:
では, Dさんの提案した議論の方法の最後に(カレーライスとハヤシライスの提供比について一∼ 三以外の比率が選択肢としてあり得るかを議論する)というのを付け足してもらいたく思います(「メタ論者」(再出)).
- F:
はい! 発言させてください!
- 議長:
Fさんどうぞ.
- F (第一章2′ 型「一揆指導者」):
この議論やめませんか?そもそもカレーライスとハヤシライスの話でここまでややこしい議論をしないといけないなんておかしいですよ. 現状で何の問題があったというのです?適当にカレーライスとハヤシライスを提供している現状で何の問題があったというのですか (第二章β 型「プロテスタント」)?? 議題の提起を取り下げるか, 1は現状の週一のままということでケリをつけて直ちに2の採決に移行することを提案します! ! !
- ガヤ:
いいぞーF! ! (拍手喝采)
- 議長 (第一章3型「手続き論者」):
静粛に! まず, 提起者に問いたいのですが, このような状況を受けて議案を取り下げようという気は起りましたか?
- 提起者:
議案取り下げの意思はありません.
- 議長:
では, 議場に問いたいのですが, このままFさんの出した後者の案を実行することに異論のある方はいますか?
- G (第二章a′ 型「信者」)
(「プロテスタント」(再出))(「プロバイダー」(再出)): 異論があります! そもそもカレーライスもハヤシライスも料理の歴史的成立経緯を鑑みる必要があります! カレーライスは英帝によるインド支配の結果イギリスにもたらされて完成された料理です. 一方のハヤシライスもフランスのシェフがブルジョア相手に作り出した料理.... これらの2つの料理は帝国主義的としか言いようがなく, 我々の食堂のプロレタリアート 3性とはそぐわぬものです! カレーライスもハヤシライスも一切排除すべきだ!
- ガヤ:
えええ...
—再び議場紛糾, 空が明るくなってくる. うたた寝する人が続出.
- 議長 (「手続き論者」(再出)):
今までの話を統合すると, 提起者の選択肢は一.二. 三.の3つでは足りないように思われます. 一.1:0 二.1:1 三.0:1の他に, Gさんの意見を組んで少なくとも四.0:0が必要そうですね. 他の比率が良いという人がいるのであれば, その人たちの提唱する比率もどんどん選択肢に加えていきませんか?
- H (第一章1型「パリサイ派」)(「メタ論者」(再出)):
議長の提案に反対です. そもそも提起者の議案はブロック会議⋅ 代議員会という正当な手続きを経て寮生大会に提出されたものです. つまり, 当議案は十分に事前議論が成され, 採決項目も適正に決定されていることが確認されているはずなんです! もし, 当議案の採決項目を変えることになるのであれば, それは実は当議論は議論不十分だったということになり, そもそも当議案を取り下げるべきです. その場の勢いで採決項目を変えてはいけません. 採決をやるのであればもともとの採決項目で行われなければならないはずです.
- ガヤ:
そう言えば, 寮生大会にこんな議案を出すことに反対しなかった代議員が無能という説はあるな...
- I (「手続き論者」(再出))(「メタ論者」(再出)):
Hさんへ. 議場の合意があるのであれば, 熊野寮の議事システムの想定する議論の流れから外れても良いと思うのですが...
- 議長:
....
- 提起者:
分かりました. Hさんの言う通りです. 私の議案の用意が悪かったようですね.... 議案を取り下げます.
- ガヤ:
ウオーー! ! やっと終わったぁ! ! (拍手)
- 提起者:
今回の寮生大会では取り下げますが, 今後も継続議論は行います. 次回の寮生大会での再提起を目指します.
- ガヤ:
(こんなくだらん議案がまた寮生大会に出てくるのはうんざりだから継続議論ではなく, 廃案になって欲しい.... でもそういう発言をするとまた議論が長引いてしまう.... とにかく俺らはもうとっとと寝たいんだ! お願いだから, 誰も何も言うなよ....... このまますんなり終わらせるんだぞ.... )
- J (第一章2型「アジテーター」):
いや提起者, こんなくだらん議案誰も議論したくねぇんだ. 継続議論じゃなくて廃案にしろ!
- 提起者:
その意見はいくら何でも不当なんじゃないでしょうか?
- ガヤ:
ア゛ア゛ア゛ァ(言ってしまったか...)
.........
M月(N+1) 日(土)正午, 寮生大会はついに終わった.
15時間に及ぶ議論の結論は「継続議論」.
寮生たちの多くは疲れ果て, 彼らの中には議論を長引かせた全ての論者に対する憎悪が渦巻いていた. しかし彼らの中には, 議論を堪能した, という満足感を自覚する者もあった. 満足感を自覚できない者も, 妙に安らかに昼夜逆転の眠りに就くのであった.
論者⋅ 主張タイプの分類まとめ
第一章: 議論の方法論による分類
- 1. パリサイ派 4
–律法原理主義型
律法システムで決められていることを最重要視する. ここで言う律法システムとは熊野寮内のルールや伝統的原則を指す. 具体的には徹底討論の原則, ブロック会議から代議員会を経て寮生大会に至る議案の検証システム等がそれらに当たる.
パリサイ派は経験的に一定の信頼の置ける律法システムを遵守することで, 意思決定のプロセスの正当性⋅ 妥当性を担保しようと考える. そのため, 議論の流れがシステムの想定するものから外れることを嫌う. また, 律法システムが損なわれ「アジテーター(後述) 」の類が恣意的に議場を誘導し, 一時的なノリに議論が左右されるような事態が発生することを恐れている.
上記の考え方は法治国家の理念にも通じ, 秩序志向性が強い. しかし, 律法の形骸化など, 律法システムの欠陥が顕わになった時に迅速な対応ができない傾向がある. このような律法システムの抱える問題の顕在化はしばしば発生するものであり, 律法システムへの固執が集団を疲弊させてしまう虞もある. パリサイ派はしばしば第三章の「メタ論者(後述) 」でもある.
- 2. アジテーター 5
–結果良ければすべて良し型
その場の議論でアジテーター自身が考える最善の結論を出すことを最重要視する. 「最善の結論」のためなら過去の議論の積み重ねや律法の要請を無視することもいとわない. パリサイ派と対照的. アジテーターは発展性のない論点を変更できたり, パリサイ派⋅ その他の議場を疲弊させる類の論者を黙らせる力を持つ. それ故, アジテーターの主張が議場の大多数の本音を的確に代弁していることもあり, その場合は拍手喝采, 英雄的支持を得る. しかし, アジテーターの手法は扇動的であり, パリサイ派が恐れているような議場の過激化を引き起こす原因ともなり得る. パリサイ派に言わせればアジテーターはデマゴーゴス 6 に等しいだろう. なお, アジテーションに失敗したアジテーターにはさむい風が吹くこととなる. パリサイ派を装ったアジテーターも見られる. 君主制と相性が良い.
- 2’. 一揆指導者
–今夜が山田型
効果的なアジテーションができるタイミングを虎視眈々と狙い, それらしきタイミングに「今だ! 」とばかりに発言する. アジテーターとしていることは変わらないが, アジテーションのタイミングを最後まで見つけられず, 空振りすることもしばしば.
- 3. 手続き論者
–合意主義型
議場の合意を最重要視する. ここで言う合意とは異論を主張する人間がいない状況を指す. 議論が合意を基に進んでいく状態を理想とする. 合意の手続きを前提に律法をその場に限って適用しない, 等柔軟な対応をすることが可能. 手続き論者はパリサイ派とアジテーターをアウフヘーベン 7 している面があり, 弁証法的観点から進んだ見地と言える. 議長は通常手続き論者の立場を採る.
合意主義型の弱点はゴネる論者への対応が難しいことだ.
手続き論者がなかなか合意形成の取れない論者と出くわした時に採り得る行動は以下の3つに大分される.
合意形成は可能だ, という想定のもと合意形成作業を続行する.
その論点における合意形成を断念し, 論点を変える, 若しくは議論全体を白紙に戻す.
その論者の主張を無視することを議場に提案する.
(1)は対立する両者のうち少なくとも片方が頑なであれば, 徒労に終わる可能性が高い.
(2)は議論の方法としては誠実だが, 非常に息の長い議論を覚悟せねばならない. 長い議論は長いというそれだけで議場の集中力低下⋅ 疲弊を招き, 現実問題として良い議論ができなくなることもしばしばある.
(3)を採り, 反対論者の主張の抹殺に成功すれば議事進行はスムーズだが, それは最早「合意主義」ではない. アジテーターに近い立場と言えそうだ.
(1), (2), (3)の他に「議長に判断を投げる」「多数決を採るように議場に問う」という対応も考えられる, と考える読者もいようが, まさにこれらのことを実行することの合意を取れない時に上記の(1),(2),(3)のいずれかを選ぶ, というフェーズに回帰してしまう.
数百人が参加する寮生大会で議場の合意を採る, という行為は困難であることもしばしばあり, それ故合意主義を議論の方法として正しい, と言い切ることはできないのである.
第二章: 主張の根拠による分類
- a. 会津人
–ならぬものはならぬ 8 型
社会常識, 公衆道徳を自己の主張の正しさの根拠とする. しかし, 「社会常識」「公衆道徳」とは当人の信じるそれであり, 皆が同じものを信じているとは限らない. 故に, しばしば信念の衝突が発生する. 信念には客観的根拠がないので, この型の主張同士の対立を論理的に解くことはできず, アジテーション合戦をした後に多数決をするのが穏当な解決策となる.
- a′. 信者
–信仰⋅ ドグマ型
特定の宗教的信仰⋅ ドグマを否定しがたいテーゼとして主張の根拠とする. 会津人の強化版. 主張の根幹たる信仰⋅ ドグマを布教しがち. 最悪の場合, 信者はドグマを信じない人間をアホ, 敵, 排除すべき対象などと見なす.
- b. 法家
–国法参照型
日本の国法を自己の主張の正しさの根拠とする. ある論者の主張内容を実行した場合に法律的問題が発生する可能性があることは時々あり, 法家はそれを指摘し, 法的見地からの提案をする. しかし, そもそもこの寮には「日本の国法は守らねばならない」という合意は特に存在しない. また, 法律で割り切れない問題が発生することもあり, 法家は決して万能ではない.
その名の通り, 法家は法学徒であることが多い.
第三章: 発言内容⋅ 意図による分類
- α . 言い出しっぺ
議題の提起者. 資料を作成していることが多い. 言い出しっぺの提起内容及び参考資料の洗練具合は議論の円滑さを最も強く決定づける, と言っても過言ではない. それ故, 参加者の多い寮生大会等の議論に議題を提起する場合は, 事前の議論でプロテスタントやプロバイダー(後述) の意見を集約し, 整理した上で元々の議案にできるだけ反映させる必要がある. この作業が十分行われているかどうかを判定する機関が代議員会であり, もし不十分という結論がでたらその議案は寮生大会では議論されず, 採決も行えない. しかし, たとえ代議員会を通っても, 提起内容が多数の者にとってどうでもよいものであるように思われる時, 言い出しっぺは議場のヘイトを買うこととなる. なお, 代議員会出席者が, 期待されている業務をしっかりこなしているとは限らない.
- β . プロテスタント 9
提起された議案に反対する立場. しかし, 反対理由⋅ 反対手法は実に多様であり, 他の章の全ての立場になり得る. 後述の「プロバイダー」「メタ論者」「定義厨」に擬態していることもしばしばあり, プロテスタントかそうでないのか見分けを付けるのが困難なこともある.
- γ . プロバイダー
新たな論点の提供者. 言い出しっぺの想定していない論点を提供する. 寮の議事システムではブロック会議でプロバイダーによる新論点を出し尽くしてから寮生大会のような規模の大きな議論に移行することが理想的状態として想定されているが, 実際は寮生大会の途中でもプロバイダーが次々と現れることが多く, 「その論点事前に指摘しておけよ! 」と言いたくなるような状況が発生する. しかし, プロバイダーが事前に提供していた新論点を言い出しっぺが無視することもあり, その場合はやむ無く寮生大会で再びその論点を提示することとなる. なお, 言い出しっぺによるプロバイダーの無視が常に悪いとは限らない.
- δ . メタ論者
議論内容についての主張をするのではなく, その議論を行う適正な方法, その議論をすること自体が誰かに与える影響等メタ的発言をする. メタ論者は第一章に書いたようなマクロな話を議場で始めることもあるが, それより個別具体な議論を円滑に行うための提言として議論の順番を決めたり, 議論を分割⋅ 統合する提案をすることの方が多い. また, その議論が誰かのプライバシーを侵害する虞がある, という類の主張をすることもある.
実際, 以上に書いたようなメタな話は議論を慎重に行い, 円滑なものにするためには重要であることもある.
しかし, メタ論者の提言が有効でないと感じられることは非常に多い. また, メタな話で紛糾すると議論そのものをする時間が奪われ, 議論が停滞することとなる. 重要性が感じられないメタな議論は大きなもどかしさ⋅ 疲弊の伴うものであり, 議場の大多数がこの感情を共有している状況は寮生であれば誰でも経験したことがある, と言っても過言ではない. 故に, メタ論者は定義厨(後述) と並んで寮生に忌み嫌われる論者の筆頭格と言える.
- ϵ . 定義厨
表現の厳密性⋅ 正確性を問う. 事実確認も含まれ, しばしば「確認ですが...」から定義厨の発言は始まる.
定義厨が表現の厳密性⋅ 正確性を問うのは, 表現のあいまいさ故に各論者の認識が食い違い, 本来なすべき議論から外れた議論が行われてしまうことを恐れているからである. そのため, 元々の表現が孕む意味のゆらぎを少なくしようとする.
言葉へのこだわりが強く, 慎重な立場と言えるが, 表現の「定義」作業は続けようと思えば無限に続くものである. 定義厨が支配的な議論はメタ論者の場合同様議論全体の停滞, 議場の疲弊を生むことが非常に多い.
- ϵ′ . 訂正厨
事実誤認を指摘する. 寮生が誤った事実を基に主張すること(故意の場合と故意でない場合が両方ある) はしばしばあり, 訂正厨が重要な役割を果たすこともある. しかし, そもそも訂正厨と元々の発言者の事実認識が異なることもある.
また, 訂正する内容が余りにもとるに足らないことである場合もあり, そのような場合訂正厨は議論停滞⋅ 議場疲弊の要因となる.
しばしば定義厨と区別し難い.
あとがき
さて, お話⋅ まとめもここら辺で終わりにしましょう. 読者の皆さん, 自分に心当たりがある型はありましたか?けっこう意地悪な書き方をした箇所もありますが, どれかの型が悪くてどれかが良い, と判断のつく性質のものではないと思います. ただ, 皆さんが議論においてどういう発言をしがちかを認識し, どのような言動をすれば良い議論になるかを考えるきっかけになれば幸いです.
そもそも, 数百人で集まって議論をしても発言する人は多くて30人程度. 過半数は議論そのものに関心がありません. 発言しているだけでも無関心な大勢のガヤよりは十分立派だという気もします. しかし, 自分の意見を反映させることよりも議論の円滑な進みを優先して沈黙に回る人もそれはそれで立派な選択である気もするのです.
私も寮内議論ではしばしばうんざりしますし, そう言っている私が皆にうんざりされているのかもしれません. こんなお話しを読んだ読者が私に対して一番うんざりしているかな?
でも, 議論を全くしない世の中って, 多分こんなお話しのレベルでは済まないくらいうんざりしたものだと思うんですよ.
えっ, そんなことない?有能な独裁者が全部取り仕切って, 無駄な議論なんか全部なくなればいいだって??
「アホか, そんな上手くいくわけねーだろ(第二章a′ 型) ! 」
おっと, どこからか聞こえてきたこの意見は誰が言ったのでしょう?私ではありませんよ. 熊野神でしょうか?
まあ, その上で私は独裁者が全て仕切ってしまう世の中も悪とは断定しません. コミュニティーごとに適当なコミュニティーの在り方があると思うからです. しかし, 今の熊野寮の徹底討論の在り方はこの寮の良き雰囲気を作り出してきたものとして, 私は肯定的に見ています.
余白が少なくなってきました. 議論の余地はまだまだありますが, 続きは寮で議論しましょう.
終わり
(文: 理学部n回生 ブヤコフ=マクシモヴィッチ)
編者注: 注はレイアウトの都合で全て脚注とした. したがって, 注は(この注のように)各ページでその都度解説されている↩
/chapters/寮での生活.htmlなどを参照. 昼の寮食に週一でカレーライスまたはハヤシライスが出るというのは事実. また, 熊野寮食堂は会議などを行う多目的スペースでもある.↩
労働者階級のこと. ブルジョア(資本家) の対義語. 通常, 共産主義的文脈で使われる言葉.↩
古代ユダヤ教内グループの一. 紀元前2世紀∼ 紀元1世紀頃に活動. 新約聖書の福音書にイエスを敵対視する保守勢力として登場. イエスに「偽善な律法学者」と呼ばれ, 非難された.↩
アジテーションとは強い調子の文章や演説などによって人々の気持ちをあおり, ある行動を起こすようにしむけること. 扇動. (以上, goo国語辞典より引用) アジテーターはアジテーションをする人のこと.↩
紀元前5世紀, ペロポネソス戦争の最中にギリシアのアテネに出現した扇動政治家達の総称. デマの語源. デマゴーゴスによる大衆扇動が原因でアテネがそれまで作り上げた民主政は衆愚的状況に陥った. 結果, アテネは勝てるはずだった戦争に敗北した挙句, それ以後1000年以上に渡って衰退し続けることとなった.↩
矛盾するものを更に高い段階で統一し解決すること. 弁証法の概念. 「アウフヘーベン」はドイツ語で, 日本語では「止揚」と訳される.↩
江戸時代, 会津藩校が作成した「什の掟」をしめくくる言葉.↩
キリスト教の一宗派. 16世紀の宗教改革でローマ⋅ カトリックから分離する形で成立した. 「プロテスタント」とは“抗議する者”を意味し, この文章においてはその意味を汲んでこの語を使用した.↩